都留文科大学(つるぶんかだいがく)
都留文科大学は、昭和28年4月l日旧谷村高等女学校校舎を仮用して、山梨県立臨時教員養成所として設立されたのが始まりで、2年後の昭和30年4月に初等教育科と商経科の市立都留短期大学となった。
昭和35年4月、4年制の市立都留文科大学が設立され、文学部初等教育学料定員50名、国文学科定員30名として発足した。
昭和38年4月、英文学科定員50名が増設され、初等教育学料定員を110名に変更し、昭和41年4月には初等教育学科定員160名、国文学科定員60名、英文学科定員80名に変更した。
昭和41年8月31日、上谷の現在地に新校舎が完成して移転し、昭和46年4月に初等教育学科定員200名、国文学科定員100名、英文学科定員100名に変更した。
その後、昭和62年に社会学科、平成3年に文学専攻課程、同5年に比較文化学科、同7年大学院文学研究課が開設されるなど、着実に発展している。
小都市の公立大学の経営にはこれまで幾多の困難に直面したが、市当局をはじめ歴代学長のもとに優れた教員、学生らの努力により、各施設の拡充につとめ、名実ともに飛躍的に発展をとげ、文教都市として全国から集う若者たちの活気が賑わっている。
- 【詳しく知りたい人】
- 都留市史 通史編 1996 都留市史編纂委員会