江川太郎左衛門(えがわたろうざえもん)
享和1(1801)生まれ。江戸末期の西洋流洗兵学家。伊豆・相摸・甲斐など5か国の天領の代官。通歓太郎左衝門、号は坦庵。伊豆韮山の人。民政の改革と海防の充に尽力。
高島秋帆に砲術を学び、江戸に来て教接。門下に佐久間象山・橋本左内・木戸孝允らがいる。韮山に構築した反射炉が現存。のち勘定吟味役、海防掛となる。
太郎左衛門は、代々襲名しており、享保5年(1720)、宝暦9年(1759)、寛政2年(1790)、天保9(1838)・10年(1839)の谷村代官名にはこの江川太郎左衛門の名が認められる。この内、天保9・10年に代官となったのが江川坦庵で、勘定吟味役格として境村(都留市)の天野海蔵などを用いて、お台場建設をおこなった。
- 【詳しく知りたい人】
- 都留市史 通史編 1996 都留市史編纂委員会